東京ヒップを超えてゆけ!

ひとHIP CREW 〜進化する「いい感じ」〜
山中久代 × 加茂典子 × 上田智子 × 田島由美 × 千葉宮子
校正から始まる仕事の新しい領域や、新しい価値を模索し続けてきた東京ヒップ。
会社の名前はなくなるけれど、「いい感じに考えて動く」ひとのヒップイズムはなくならない。
これからも活用され、強化されて、個人やチームのパフォーマンスをバックアップするだろう。
次世代メンバーを見ればわかる。東京ヒップは、これからも、いい感じに継け継がれていく。
HISTORY

2013年(平成25年)
5月
・秋葉原の秋洲ビルに移転
7月
・NTTグループ社員録編集事務局受注
8月
・⼤東建託ポータルサイト構築事務局受注
・⼈⽣初パタパタ(杉野)
・ダンク創⽴20周年パーティーを浅草橋で開催
10月
・アベニーダを吸収合併
11月
・舎⼈公園でバーベキュー⼤会
2014年(平成26年)
・ダンク創⽴20周年パーティーをグランドプリンスホテル⾼輪で開催
・ヤマトニュース受注
・⽥島シャディ(肺炎になって毎⽇お尻に注射を打ってから出勤)
・ダンク⼭岳部、⾼尾⼭に登る
2015年(平成27年)
4月
・東池袋ルーム開設(メンバーは宮本・鈴⽊貴将)
5月
・邦洋秋葉原ビル(隣のビル)に移転
2016年(平成28年)
4月
・⼤森ルーム開設(メンバーは磯野・坪内)
6月
・ナガセ⼤学学部研究会ダイジェスト号制作事務局受注
2017年(平成29年)
1月
・東池袋ルームと⼤森ルームのスタッフが合流し⾚⽻ルームに
2月
・プライバシーマーク付与認定
3月
・ダイエー終了
6月
・東京ヒップ15周年(銀座SIXにて15周年パーティ開催)
11月
・札幌ルーム⽴ち上げ(磯野が札幌に)
2018年(平成30年)
・総務チーム⽴ち上げ
池⽥さん電球を替える
2019年(平成31/令和元年)
1月
・⾚⽻ルームが移転し市ヶ⾕ルームに(メンバーは宮本・津⽥・鈴⽊潔・坪内)
5月
・さっぽろサテライトオフィス開設(開設当初は池⽥さん、藤原さんなどが札幌へ)
2020年(令和2年)
2月
・太⽥じろうの世界展をフォーラムダンクにて開催
4月
・加藤靖成が代表取締役に就任
11月
・勝野⼭Pメール事件
・⻑年ヒップの顔だった神村さん・原冨さんが異動に
2021年(令和3年)
4月
・市ヶ⾕ルーム撤退
12月
・札幌オフィス移転(札幌中央区のレンタルオフィスから琴似のヤマチビルへ移転)
2022年(令和4年)
6月
東京ヒップ20周年
今のところまだ静かな現場で思うこと
加茂 4階はダンクと旧ヒップのメンバーが一緒に混ざってるフロアで。
上田 そうね。4階が、試験的というか、プロトタイプというか。
加茂 あのフロアでこれからのダンクのスタンダードを作っていく。
上田 どうなるのかなみたいな。

加茂 4階は新しい案件が下りてくる現場になるんで、そこで新たなコミュニケーションが生まれやすいのかなって思います。今はみんな継続したクライアントの案件をやっていますけど、新しい相談が入ってきたら、まず4階に新しいお仕事として下ろしていくという形。ダンクについてはあんまり仕事のやり方を見てなくて、まだ何とも言えないんですけど。
加茂 ヒップは、お向かいとかお隣とか、同じ島の人たちで相談するんですよね。ここどうだっけ? どう思う? こんな書き方でいい? とか。そういう仕事上の相談と、あとは唐突な雑談とか。雑談は必要だと思うんですよね。
—— 皆さんのお仕事は、案件の担当や進行を、1人でまるっと引き受けてやる自立型というイメージがありました。
加茂 大まかには、4階のスタッフは何かしらの案件を持って、基本的に1人で回してくっていうのが前提にあって。ここにはサブとかスタッフとかも付けたりするんですけど、これやってって言われたら、みんな意外とやれる。もちろん、みんなやれるだろうと思われて振られているとは思うけれど、すごいなって思います。何をお願いしても安心な自立型で。
—— だからこそ雑談もできると。
加茂 そうですね、逆に1人で抱え込んじゃうときびしいですね。吐き出したくなることとか、こいつ何なんだ?みたいなこと。ちょっと隣の人に共有できるのがいい。
山中 ガス抜きだ。
加茂 雑談の一部なんですけれど。自立してやるだけじゃなくて、その中でも相談してやれる環境っていうのは大事だと思います。真面目に。
ダブルチェックに足りないものとは

田島 ディスるんじゃないんですけど、決して。ダンクってダブルチェックの文化が根付いてるがゆえに、マークが甘くなる状況もあるんじゃないかな?と感じるときが。 私がダブルでチェックしたとき疑問・赤字が結構出たときがあって。なので例えばダンクの人をヒップの案件に引き込んで「ダブルチェックはないので、あなたが全てです」って感じで、自分だけで決着をつける状況を頻繁に体感してもらうのも刺激的なのかなって思ったりします。
加茂 違いはあるのかしら。指示、具体的に見たことないんだけど、どうだろう。
山中 指示は割とラフかな?ダンクは、よいしょ、みたいに置いてく。見れば分かると思うからなのかな。ヒップはそこまで教えなくてもってぐらい教えてくれます。
田島 材料渡せば意味が分かるんでってなると、ちょっと待って、今、見るからそこで待ってて、みたいにこっちはなる笑。もう、ここはどうする? ここはどうする?って、その場でともかく会話をするようにはしてますね。 説明もコミュニケーションだよ、みたいな。
加茂 説明していかないと、結果が均一化されないっていうのもあるし。
加茂 多分、きっとダンクの人も、思ったような校正結果が上がってこなかったら、自分でまた見直しするみたいなことを絶対やってると思うんですね。結構、二度手間ですね。そもそも説明しとけば、この子とこの子は絶対に100点が返ってくるみたいなやり方も絶対できるのに。
—— 同じ仕事をいっしょにできるようになれば、いろいろ変わりそうですね。
加茂 今は、案件が固定化されていて、引き継ぎでやっているんです。新たに受注する案件はヒップとダンクで一緒に組んでやるとか、そういうところでコミュニケーションを始めて、段階的にやり方をなじませていくっていうのが現実的なのかな。
田島 あえて何かをしなきゃいけないってことはないかなと思ってて。うちらのやり方をいいなと思えば吸収してほしいし、逆にそれって無駄じゃない?っていうのがあればこちらに教えてほしいし。一つになっていくに当たって、要るもの要らないものをダンクと擦り合わせていって、一つの形ができあがればいいなっていう感じではあります。
校正や品質管理を進めるにあたって、誰もがぶつかる完璧さの壁。
彼女たちが自信を育んできた理由を尋ねると、原冨の名前が挙がった。多様な個性を活躍させるためには、会社都合や仕事都合の目標を押し付けるのではなく、ていねいなヒアリングなどを通じ、メンバー一人ひとりを深く理解する存在が求められる。
これを担ってきた一人だ。
原冨悠という男
加茂 あるよね。
山中 言いたくないけど。
上田 あそこで、にやっとしてるかもしれないけど。
加茂 そうね、最初、みんな原冨さんに付いてた。すごい昔のこと過ぎて。
山中 私、原冨さんはしばらくずっとバイトだと思ってました。なんの説明もなかったんで。
田島 ぼろぼろだったんですよね。ちょっと汚い系の。
加茂 バイト以前に、社会人がこんな格好してていいのかなって心配になった。
山中 今みたいにスーツ着てないんで。
上田 短パンで来てたもんね。短パン履いてきたけど?短パンにビーサンだったけど? みたいな。
山中 あの人社員なの?ってなる。
加茂 なんの説明もないし。たまに社内で全体ミーティングみたいなのがありましたよね。そのときに知らない人がふあーって来た。なんか、よれよれの人が。

上田 スーツなんて着てなかったですもんね。
山中 スーツが擦り切れてた。古過ぎてなのか分かんないですけど。
田島 サイズ感がおかしかった。
山中 サカゼンで買ったとか言って。
上田 でかいじゃん。
上田 なんでそれだけ残ってたの?
山中 なんでサカゼンで買ったんだろうって笑。
加茂 最初は、原冨さんだけじゃなくって、他のベテランスタッフもいたんで。一田さんとか。
山中 結構ちゃんとした人がある程度いて。
加茂 校正の技術をちゃんと教えてくれるスタッフはいたので、飯田橋時代を経てる人は、みんな、そこの校正の師匠みたいな人を経てると思うんです。進行管理とか、その辺の回し担当が原冨さんかなと。
上田 原冨さんが全部把握してやってたよね。原冨さんぐらい能力があれば、もう、すごく仕事できるなと思う。
加茂 そうですね。飯田橋のときに、規模がまだ小さかったんで、一時期、全部把握してて。それぞれ、この人これって、案件振り分けて一緒に動いてく。原冨さんがその流れで進行の仕方とか教えてくれた。今考えると、そこで全部流れを学ぶことができたわけだから。
山中 確かに、全部見てくれてましたね。それはぼろぼろになるよね。
加茂 最初からぼろぼろだったじゃん。
—— 原冨さんのいいところ、彼に学んだところをうかがっていいですか。
田島 お客さんに愛されるの、得意じゃないですか。
上田 外の人とすごい仲いいなあって、前からの知り合いかなって思うぐらい。さじ加減がうまいんですよね。ちょっとずけずけ言うときが。それは、大丈夫な人かどうかを見極めてるじゃないですか。
山中 いやらしい。
上田 けなされる笑。
山中 そうやって人を取り込んで。
上田 褒められてるはずなのに軽蔑されるっていう笑。
—— 原冨さんはここにいる全員の新人時代を知っているんですね。
上田 そうですよね。
山中 それは確かに。
加茂 ええ、嫌だ。
山中 ですよね笑。いや、本当、よく教えてくれたなって思います。
「結局、ポテンシャルだったと思います」と原冨が振り返る。自分の教育や矯正が彼女たちを伸ばしたわけではなく、彼女たちが自分で気付いて成長したのだと。
本来は、間違いは間違えた方が悪い。にも関わらず、「校正が足りていなかった」と指摘することで、腑に落ちない思いもさせたはずだ。
しかし、ヒップに仕事が任されるのはその校正あればこそ。そのように見る目を持たないと駄目だし、そこまで責任を持ってもらわないと何かを任せることはできない。そのことを伝え続けてきた。もちろんみんなが肚落ちしてくれた。
全員が、自分からそこまでになったメンバーたちなのだ。
責任感を自覚した、忘れられない原体験
原冨 千葉さん、サーバーに入った原稿のデータ消してさ。(編注:原冨、一時的に会話に参加)
千葉 はい。
原冨 「消えちゃいましたー」って。
上田 そんなことあったんだ。
千葉 本当にそうです。ありました。
原冨 なんならちょっと楽しそうだった。
山中 思い切りがいいからだよね、多分ね。
千葉 ローカルに落とすことの意味を教えてもらったんです。私ね、本当、自分が怖いと思った。そういうことを何も知らなかったんです。
上田 パソコンに慣れてないと、なかなか。
原冨 そう。どこにどういうリスクがあるのか分かんないのも、もちろんあるんだけど、そういうリスクがあるんだなとか考えられないじゃない、最初は。言われたようにやってデータが無くなったとなれば、こっちからすると「消したじゃん」なんです。だけど本人からすると「消えました」なの。なんか知らないけど消えちゃいましたっていう感覚。いやいや、違う違う、みたいなね。
上田 怒りました? こらーってなるじゃないですか。
原冨 怒ってはない。
千葉 とんでもないことしちゃったなって思いました。
原冨 それっぽいことは言ったよね。どれだけ危険なことかみたいな。このデータが無くなったところで誰も死にはしないけど、誰かが死ぬデータはあるんだよみたいなこと。
千葉 はい。
上田 本当ですよね。
原冨 どこかで自分で気付かないと、その危険については、いくら言っても分かんない人は分かんない。こうやったらデータが消えるのか、なるほど、じゃあそういうふうに扱うのをやめようって思うだけで終わる人と、このデータの扱いにはどういうリスクがあるのかと考える人に分かれるかな。手順を教えることはできるけど、考え方やスタンスを身に付けてもらおうと思ったら、言っただけでおしまいにはしたくない。あと、そこは、本人の資質みたいなところもある。だからみんな、負けん気が強いじゃない。このやろうみたいな。おまえみたいな汚いやつがって笑。

上田 おまえみたいなバイトに。なんでそんなに言われなきゃいけないんだ笑。
原冨 そう。バイトがバイトに何言ってんだって笑。
山中 そんなの思ってないですよ。
上田 その後、宮本君が1回全部、全案件を引き受けると。
上田 ぼろぼろになって。その後ちょっとずつ、案件のトップを決めるという体制がスタートした。少しずつ分けていくみたいな感じになりましたね。
—— ワントップから分散型のプロジェクトに。
加茂 そうですね。
上田 ワントップはずっと帰れなくて、いつも終電で帰ってっていう感じだったので。
—— 1人でやれちゃうからそうなりますよね。でも、実は効率がよくなかったりとか、リスクがあるとか。
加茂 ずっと原冨さんがそれを言われてて、学びになった気がしますね。これ駄目なんだと。
—— 例えば大東建宅の時とか。
田島 あれ、すごかったね。
山中 コンテンツ関連の何かですよね。
上田 杉野さんも受け止めてくれて。
加茂 私は、そのときは汐留に出向してた。だから、みんなが大変なところはあんまり見てなかったけど。
千葉 私、イベントとサブエリア担当。原冨さんと、一緒に出張所に取材に行かせていただいたんです。こんな大変なこと、私、入ってまだ3カ月ぐらいで。
田島 秋洲ビル移ってすぐ。千葉さん、入社何月だっけ。
千葉 1月。
田島 私、2カ月早いんです、千葉さんより。だから、私が入って半年ぐらい。秋洲ビルに引っ越した頃ぐらいだったと思います。
—— 2013、14年でしたね。ヒップの仕事ってこんななのかって、思いましたか。
千葉 大変な所に来てしまったって。でも、入りたてで分かんないことだらけで。あれぐらいすごかったからよかった、逆に。エネルギーがまだありましたので、あの頃は。今、無理です、多分。やったら多分辞めちゃう。
磨いてきた仕事の流儀
—— なぜそれができたと思いますか。いい悪いの観点は別として、個人的な観点から伺ってよろしいですか。
加茂 自分が初めてやることでも、先にこういうことをやってきた先輩がいたから、まずはそれをお手本にしました。こういうやり方を工夫してたらいつか終わるぞ、みたいなモチベーションでしょうか。
—— 締め切りをどう迎えるか。
加茂 そう、とりあえずスケジュールに乗っているかを確認していく。それで、モチベーションじゃないけど、俯瞰的に、今、私どこの地点にいるんだ/span>とか、現状認識も維持して。そんな感じですかね。
—— 周りはどうでしたか。
千葉 隣、みんな大変だった。
加茂 そうだね。みんな大変だったね。チラシやってるときは、ふと隣見ると寝てたりして。じゃあ私もちょっとって笑。
山中 ちょっとああいうふうに寝てみようみたいな。
加茂 そうだね、みんな疲れちゃうから、休みながらやろうねとか気遣い合って。
—— 今は徹夜はないけれど、品質とモチベーションをキープするのは簡単ではないですよね。
田島 5000ページぐらいのカタログ校正を、ヒップで回してたことがあったんですよね。カタログギフト100〜300ページぐらいで全部で26冊、多分総ぺージ数で6000ちょっと。あのとき、外からの出張校正の人、派遣の人をそんなに呼ぶことなく、できるだけ中で完結させる形でやったんです。どうしても足りないときは呼んでたんですけど。そのとき、校正を主立って回してたんです。モチベーションとかじゃなかったな。今ここで私が諦めちゃったらこのカタログはもう完成しないって思ってやってましたね。
—— 責任感あるのみだった。
田島 そうですね。
—— なぜそうなれたんでしょうか。
田島 なんでだろう。
—— 最初からでした?
田島 いや、そんな真面目な人間じゃない。なんで続いてたか、なんであのとき頑張れてたかは、原冨さんの圧じゃないですか。できるっしょっつって。できるっしょ、いけるっしょって言われて、やるしかないのねみたいな笑。大変さに気付かせないように回すんですよ。
—— 皆さんのキャパが仕上がっていたのかも。
上田 飯田橋の頃から、多分、何かしら仕事を振って、自分で考えて、ここまでに終わらせるようにして、みたいな感じで振るようにはなってた。多分それは、原冨さんがずっとみんなにやってた。
田島 洗脳だ、洗脳笑。
上田 ヒップはただ校正をこなすだけじゃなくて、仕事にプラスアルファすることを、ヒップの付加価値というか、ヒップならではの仕事として提案していたんです。こうしたらもっと良くないですかみたいな、そういう提案ができる会社にしたいという姿勢をずっと見ていて。だから自分が担当になったら、こういうふうにするんだなっていうので、自然に染み込ませられたというか。
100%の校正を超えていく、120%の考え方・動き方
上田 すぐにやらなきゃという仕事があって、みんながどんどん独り立ちできる体制でしたね。多分、だからヒップはみんなが何かしらをやれるような感じになってるんじゃないかな。
—— そして今、皆さんが自身の強みやモチベーションを高めながらやっていらっしゃることにつながっている。
千葉 校正って完璧じゃないとだめじゃないですか。だから、一人前っていつ思えるのかなとはずっと思ってます。何でだろう、まず、みんな人がいい。大変なときに助けてもらったことがたくさんありますし、原冨さんはじめ、皆さんのつくる空気が居心地良くて10年います。
—— 今、自分が一番変わったところは何だと思いますか。

千葉 責任感は多分、最初から持ってなきゃいけなかったと思うし、あると思うんですけど、それが年々ちょっと強くなってる感じかな。私、新人研修をやらせてもらった時期があったんです。それが結構、自分に返ってくるような感じで。教えといて、そうだ、私もやってないや、とか、そういう気づきや振り返りもあったり。校正に対して、いつもあらためさせられるんですよね、考え方とかやり方を。大変な仕事だけど、そこは、やりがいがある。
田島 確かに、どストレートですよね。
千葉 疑問の書き方とかでそうなっちゃった感じ。
上田 イエス、ノーがね。
加茂 はっきり。
山中 はっきり言ってもらったほうが。
加茂 すっきりしてるよね。
—— “ひと” の東京ヒップエピソードを、ここにいるみなさんについて伺いたいです。まずは、対談中ずっと目を見てやさしく話してくださっていた上田さん。とても聴きやすい空気を作ってくださいました。 上田 演劇をやっていたので、演出家に指導を受けていたんです。しーんと聞いてるとだめで。「聞いてんのか!」って鍛えられてたんですよ。それから人の目を見て、はい、はいっていう対応が染み付いてます。
山中 だから空気が明るい。賑やかしにきて欲しい。智子さんがいると助かります。
加茂 賑やかしのプロなんですよ。しーんとしてると盛り上げてリードしてくれる。
田島 4階に音声もらっておこうか。むちゃくちゃ必要です笑。
上田 原冨さんには『やじ』と呼ばれてます私。「やじ、お疲れー」「やじ飛ばしてたねー」とか。やじじゃねーよーって笑。
原冨 あれがないとこっちがもたないよね笑

—— 演劇をやっていた山中さんは、先輩の上田さんに誘われて入社されたそうですね。
山中 はい。「いいバイトあるよ」って。「○×つけたら休めるよ」って。ここすぐ辞めると思ったのに、なぜか役者の方を辞めてここメイン。こんなにいるとは思わなかった笑
原冨 長く続けてくれるやつはみんなそう言うんだよ。
山中 言葉知らないんです。ChatGPTとか嘘つかれてる前提で徹底的に調べます。
加茂 しっかりしたお姉さん風だけど、この3年くらいで面白いってわかってきた。
山中 この3年。やばくないですか十何年いるのに笑 よし、これからはお姉さん風で行こう。
上田 もう遅い。4階が静かになるからだめ。
—— 引き出しのいっぱいありそうな加茂さんは。
田島 加茂さんは何でもできる。
加茂 みんなにいかにやってもらうかだけを考えて。
田島 と見せかけて、自分が一番やってくれてる人ですね。
加茂 人を率いるとかやりたくないしやったこともあんまりないしと思ってて…。
上田 始めの頃みんながいじるいじる。飲み会のたびに加茂さんに振るんですよ。
加茂 締めの言葉とかね。飯田橋時代は「ボケもちゃんとしなさい」まで言われて。藤原さんがボケるんですけどあまり面白くなくてこれだけはやりたくないなって笑。
原冨 大人の加茂さんに中2の上司。加茂さんは忍耐力の人でもありました。
—— 私もあらゆるお仕事でお世話になりました、やさしくて頼もしい田島さんへ。
千葉 田島さんになりたい。
加茂 最初本物のギャルが来たって思って。でも、やさしいギャルだった。コミュニケーション力が半端ない人です。
上田 仕事できるギャル。仕事の設計とか要領がすごい。
山中 でもずっと笑ってるよね。怒っても明るさが前面にあるので気を遣わせないし、若いのに大人。いったいそれをどうやって身につけたのか。
田島 仕事でニヤニヤしてるのは、ピリついた空気が嫌いだから。まともなカタログを作るためには、みなさんに気持ちよくやってもらいたいなと思って。
東京ヒップの赤字にはやさしさがある。「大丈夫ですか」「これでよろしいですか」「こちらはいかがですか」といった疑問や提案で、対案を押し付けることなく確認や検討を促す。制作側に考えるステップを与える校正で、成果物にさらに磨きをかけるのだ。
制作物はナマモノだ。プロジェクトが始まれば、企画通り、予定通りに制作が進まないこともある。物量と時間をこなしていくプロジェクトでは、ひとつの疑問出しや提案が制作物を救うこともある。そんな自分たちの仕事を100点の校正と見るか、120点のプロジェクトと見るか。東京ヒップが標榜し、現場のメンバーが継承しているのは、メンバー一人ひとりの個性や人間性が120%発揮される後者だろう。
個々のスキルを本人たちは謙遜するが、時代に求められる価値であるのは間違いない。
加茂 そうですね、確かにその辺はニーズというか、お客さんが気付いてないニーズに気付いてるかなと思って、リピートにつながってる部分はあるんじゃないかな。例えば、ちょっと気になったことは、どこまでお客さんが気にするかを都度判断する。疑問の伝え方によっては見落とされてしまう疑問になってしまうかもしれないし、お客さんも大したことないやって判断して、後回しにされたりすることもありますけど。でも、赤字に限りなく近い疑問は、やっぱり直してほしいっていうのもあるから、そういうときは説明やただし書きや補足を丁寧にして、根拠は何ページのこれですとか、原稿にこういう記載があったから入れたほうがいいんじゃないですかとかまで書いてますね。みんな疑問の書き方には気を使ったり、考えたりしてる。赤字は訂正しなきゃいけない部分だけど、疑問って結構重力感あるから、その根拠をどう伝えるかみんな悩みながら書いてますね。
上田 うん、書いてる。
山中 そうだね。
加茂 赤字もそうなんですけど、まず何がどうしてこういうことを書かなきゃいけないのかを踏まえて伝える。書くことに対する責任でしょうか。
—— お客さんに喜ばれたエピソードはありますか。
加茂 直接クライアントから、ここの誤植見つけてくれてありがとうみたいなメール来たりとか。そこは、複数の会社に、うちも含めて2社に校正出してる所でしたが、もう一社は気付いてなかった所を私が指摘出して、ありがとうございましたみたいなことが、たまに。
—— それいただいてどうですか。
田島 いただいたら泣いちゃいますよね、うれしくて。
加茂 お客さん、ちゃんとうちらの疑問とか赤字見てたんだ、よかったって。
田島 割と校正って、軽く見られがちなときありません?
加茂 ある。
田島 やれて当然だし、みたいな。なんでここが拾えてない、みたいな。おたく校正会社でしょう、みたいな対応が結構あると思うんですけど。だから、喜ばれたりお礼を言われたりすると安心しますね、よかったと思って。
持ち続けたいヒップマインド「いい感じ」
—— 新しくなるダンクの良さを、お客さんにお伝えするとしたら、どんなふうに言いたいですか。
加茂 一言で言えば「なんかいろいろ、いい感じに回してくから」笑。 —— それ、澁井さんも原冨さんも同じセリフ言ってました。すごい浸透力。
上田 いい感じに。
加茂 いい感じにできるかもしれないから、何か言ってみな、みたいな笑。
上田 すぐには確定しないのよね。お金の話に移ってから。
加茂 そう。
—— 頼む側からしたら、なんとかしてもらえないかなというのと、あとは、大丈夫って言ってほしいみたいなところがあるんですよね。 加茂 お客さんは、制作上で「いっぱいミスがあるんだけど」といった漠然とした問題から始めてくるんです。うちらは「じゃあ校正のところはいくらです」じゃなくて、お客さん毎にどういう問題があるのかまずヒアリングして。こういう問題だから、全部校正するとこれだけお金がかかるから、じゃあここから確実に押さえましょうかみたいなところから始めますね。全部請け負ってると、キャパもないし、大変だし。上田 時間もかかるし。
加茂 そう。お互いに幸せな方向を考えていくのが、お互いのお財布に優しいし。
—— それは後進にも伝えるべきヒップのやり方ですね。千葉 そうですね。あんまりいろいろ教え過ぎず、見守りつつ。方法だけ教えるんじゃなくて、なぜこうしなきゃいけないかとか、なるべく、自分で考えてもらうようにして。教え過ぎて失敗しちゃうみたいなこともあるので、あんまり正面から言い過ぎず、なんでこの人はこれができないか、原因については後ろから見守って。ああ、そこにあったか、みたいなマイナスのところをちょっと補って、あとはもう背中見て育っていいよって感じ。
—— 否定せずにトライするのが東京ヒップの歴史。それを皆さんが引き継いで伝えているのは、歴史が受け継がれている感じです。
上田 上の人やベテランの人、元ダンクの人って、続けてきたやり方があると思うんで、そこの人もヒップのいいところをいろいろ取り入れてくれたりしてもいいなと思う。一緒に仕事をするうえで、ヒップのこういうやり方もあるんだなっていうのを覚えていってもらって、いいとこ取りしてもらって、それをお互いにやっていけばいいのかな。ダンクもダンクですごくちゃんとしてるし。一人一人は若いから、いわゆるダンクスタイルに凝り固まる感じばかりではなくて、柔軟さもありますよね。ヒップを取り入れて、いろいろもっと勉強していくことで、もっとできる人になるだろうなと。
逆境での創設というスタート地点からトライ&エラーを重ね、その挑戦や経験やある種の悟りから、東京ヒップが一つひとつ手にしてきた宝。
それは「ひと」だろう。
シングルチェックに象徴される責任感やスキルであり、ハードな局面も笑顔とユーモアでクリアしていくキャラクターであり、強さややさしさ。東京ヒップの20年は、自ら求めるひとの裁量に向き合い共に考え続けることで、器としての会社のキャパを広げ、成長する知恵やエネルギーを獲得してきた20年でもある。
この宝を原資に、次はどんな道を進むのか。これだけは間違いない。
いい感じにやるのでしょう。
今は、楽しみというほかはない。
(2023年5月16日 株式会社東京ヒップ(現ダンク)8F応接室にて収録)
ー言録・井上弘治ー
「またきみたちと呑みたいから、 だから絶望はしない」
―――【2023:離(り)】より

「人間は矮小で自分勝手なあつかいにくい生きものだとつくづく思う。目先の損得で行動を規定しようとするし、あげ句の果てはあちこちで言っていることが違う。へたをすると真逆のことを言っていたりする。残念ながら自分自身のことだ」
―――【2022:諦(てい)】より
「冗談じゃないぜ。あきらめてしばらくの間とおくからながめていようと思ったら、「本質を見きわめる」ときた。何となくずるいけど諦めてやれなんて思っていたら、これだ」
―――【2022:諦(てい)】より